萩博物館発、節分の話題、その2
昨日は全国的に節分(当たり前ですが・・)、萩地域はあいにくの雨でした。
一夜明けた萩の「まち」の様子をご紹介します。

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2月4日 午前7時20分、堀内地区の、ある四つ辻です。
道路の真中、交差点を示す白い十字の辺りにご注目ください。


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生憎の雨で濡れてしまっていますが、紙(半紙)に包まれた「大豆」です。
そう! 節分の豆です。

萩地域では、厄年の人が、自分の数え年ほど豆を紙に包み、夜中にこっそりと近所の四つ辻に出向き、包みを置いて、または背中越しに落として帰ってくる民俗が伝わっています。


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樽屋町のとある四つ辻です。
ここにも、誰かが置いた(落とした)豆がありました。

四つ辻に行く時には、誰にも会わないように気をつけます。
そして、豆を置いたら(背中越しに落としたら)、後ろを振り返らずに帰ってこなければならないとされています。


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交差点を示す白い十字にご注目ください。
何か紙のようなものが・・・

かつては、火吹き竹(カマドや七輪などの火を吹き起こす竹筒)に豆を入れ、道の四つ辻に置く(または立る)こともあったそうです。
最近は火吹き竹を使わないので、もっぱら紙に包んで置く(落とす)ようです。



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紙包みが開き、中の豆が見えています。

山口県下のある地域では、かつては、橋・川を渡って、豆を紙に包んだものを置いて(落として)帰ってきたと伝えられています。
厄を落とすために、または災いを払うために行っていたとされます。

なぜ、道の四つ辻や川向こうなのでしょうか。


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萩地域では、節分の日の夜のことを、トシノヨ(歳の夜)と呼んでいます。
一般的には、暦の正月前夜、つまり大晦日をトシノヨと呼ぶかと思いますが、萩地域では立春前夜をそう呼びます。

萩地域では、節分の日にクジラを食べるものだとされています。
スーパーにも、この日はクジラが並びます。
大きく歳を取るために食べると説明されます。


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こんにゃくを食べるという人もあります。
一年の毒を体外に出すためと説明されます。

どうも、萩地域では、節分・立春が、一年の変わり目という意識があるようです。
つまり、歳を取る(一年の初めに数え年が一歳加わる)節目の日だったのです。

さあ、そこで厄年の人についてです。



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今も昔もそうですが、厄年の人は、その厄を何とかして逃れたいと考えます。

そうだ! 生まれ変わってしまえ!!

厄年の自分を亡くなったことにして、新しい人生を始めよう!
仮に「あの世」へ行ったことにして、そこから生まれ変わって帰って来る事にしよう!


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・・・と考えたかどうかは分かりませんが、どうも、萩地域の節分行事には、そのような厄落としの要素が見られるように思います。

かつて、道の四つ辻や川・橋は、この世とあの世の境のような場所として意識されたようです。
(井戸、便所、カマド、敷居などなど、私たちの身の回りには、そのような場所がたくさんあったようです)

萩地域の厄年の人の厄落としについては、
年の変わり目に、あの世に近い場所に出向き、命を象徴する豆(一粒ひとつぶに魂がこもっている)を、数え年の数ほど捨て去って(つまり亡くなったことにして)、この世に生まれ変わって帰って来る・・・そして元気に暮らす・・・という解釈ができないでしょうか。
(実は、後ろを見ないで云々というのは、葬儀の野辺の送りの際の作法でもあります。)

厄年以外の人でも、豆を四辻に置いてくることがあるそうです。
もう少し丹念に事例を集める必要はありますが、大変に興味深い、そして貴重な生活文化が、萩地域には息づいています。

 (長文御免、清水)
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by hagihaku | 2009-02-04 21:02 | くらしのやかたより
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