初公開資料多数!城下町のあゆみ、その1
(しつこくて恐縮です)
城下町萩は、江戸時代の城下町絵図を、今も地図として用いることができる「まち」です。
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なぜ、そのような「まち」が、今に息づいているのか!
その「ひみつ」に迫ろうというのが、今回の企画展「城下町萩のひみつ」展です。
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それでは、その城下町は、どのように形作られてきたのでしょうか。
今回の企画展では、制作年代の古いものから、時代を追って城下町絵図8点を展示しています。
その内、初公開!絵図は5点。
まずは、城下町絵図で、城下町の歩みをたどってみます。
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制作年代は不詳ですが、1630年ころ(つまり、城下の建設が始まって間もないころ)に遡る可能性がある絵図です。
多少、誇張した表現になっていますが、川が幾筋も流れ、三角州は未発達です。
沼地・低湿地がひろがり、武家屋敷地や町人地も発達途上です。
その中で、三角州北の浜崎辺りに、町人地が形成されているのは注目されます。
(つまり、港町の浜崎町は、成立が古かったということです)
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制作年代が分かっている絵図の中では、最も古いものです。
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三角州中央から北部にかけて、入江状の沼地がひろがっていたことが分かります。
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三角州中央辺りに、「深田」という文字が見えます。
腰から胸まで浸かるような水田のことで、水はけの良くない低湿地が、三角州の中央辺りにひろがっています。

城下町萩は、低湿な三角州の上に築かれた「まち」です。
制作年代順に並べられた城下町絵図から、水と戦い、水を治めて共生してきた城下町のあゆみ・歴史が見えてきます。    (・・・つづく・・・ 清水)
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by hagihaku | 2009-12-03 18:34 | くらしのやかたより
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