韓国の蔚山(ウルサン)で・・・棒に当たった・・・
韓国の蔚山(ウルサン)に行ってきました。
姉妹都市訪問の「市民号」に申し込み、休みを取って参加しました。
生涯2回目の海外です。
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蔚山長生浦のクジラ博物館です。
蔚山は、「現代」の企業城下町ですが、かつては捕鯨根拠地として賑わった町です。
今回、「市民号」に申し込んだのは、訪問地にクジラ博物館が予定されていたからです。
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日本で用いられていた(いる)捕鯨船と同型の船が、屋外展示してありました。
実は、韓国にける捕鯨技術や施設の基礎は、萩市福栄地域出身の岡十郎が、明治32年(1899)に日本で最初に設立した近代捕鯨会社(「日本遠洋漁業株式会社」)によってもたらされました。
ひょっとして、長生浦クジラ博物館や周辺に、岡十郎たちの活動の痕跡を見ることができないかという淡い期待を持って訪ねました。
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ブリッジと船首との間に張り渡された綱に、どこぞで見たようなものが翻っていました。
フライキ(大漁旗)です!
鮮やかな地模様の旗には、ハングルと「祝大漁」の漢字!!
博物館には、100年以上前の、岡十郎たちの操業を示す資料がありました。
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現代重工業株式会社や蔚山大学校を訪問した後、蔚山大学校の魯成煥教授と、方魚津という港町を訪ねました。
かつて、林兼(後のマルハ)が支店を構え、根拠地とした漁港です。
岡山県日生を初め、日本の各地から出漁・寄港があり、移住者により、いわゆる日本人町も形成されていました。
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漁港整備を記念した石碑です。
昭和初年の年号や日本人名が刻まれていました。
蔚山・方魚津沖は、イワシやサバの好漁場で、それらを求めての出漁が相次ぎ、実は、萩地域の漁業者も出漁・寄港していた時期があります。
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暮れかかる港を歩いていて、小型の木造船が目に留まりました。
「和船」形式の小型木造船です。
1945年から65年を経た2010年に、「和船」形式です!!
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しかも! この小型木造船、櫓(船の推進具)を積んでいました。
しかも、しかも! 艫櫓の櫓杭は右舷側に設けられているではありませんか!!!

日本国内で、艫櫓を右舷側で押す地域は限られています。
その範囲は、島根県の一部から山口県の日本海側、そして北九州から壱岐・対馬の一部にかけてです。
櫓については、かなり補修がなされていたため何とも判断できませんが、細い櫓腕で、櫓杭を受けるイレコは、カマボコ状でした。(萩地域のものとは少し異なります)

この小型木造船と櫓の意味するものは何なのでしょうか?
(案外、海続きの隣町・対馬のものかもしれませんが・・・)

興奮の蔚山、方魚津訪問となりました。
思いがけない幸運にめぐり合ったという意味で、まさに棒に当たりました。   (清水)
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by hagihaku | 2010-10-21 18:41 | くらしのやかたより
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