コマーシャル100年 展で 萩・再発見(1)
萩博物館企画展「コマーシャル100年 in 萩」展、ただ今、好評!(・・かどうかは分かりませんが)開催中です。
b0076096_1142799.jpg
b0076096_115467.jpg

「西国の有力都市・萩」のコーナーです。
江戸時代に西国有数の大都市であった萩は、明治維新の後も、引き続き西日本の有力都市として、近代化を進めてきました。
夏みかんの経済栽培や水産業などの一次産業により、萩の「まち」の経済が支えられたことは、以前の「夏みかん物語」展などでご紹介しました。
今回の企画展では、それらの産品が、京阪神を中心とした西日本各地に、海運によってもたらされたことを推し測ることができる資料を多数展示しています。
b0076096_11122627.jpg

明治38年(1905)の大阪商船株式会社ポスターです。
琵琶を抱く弁天様(弁才天、弁財天)の背景に、煙をたなびかせる汽船が描かれています。
市内商家の旧蔵資料です。
ポスター左部に、「大阪商船株式会社」、「荷客扱店」として「萩汽船株式会社」の文字が見えます。
b0076096_11484031.jpg

大阪商船株式会社は、西南戦争の前後に各地で興隆した汽船会社を統合し、明治17年に有限会社として設立されました。
そしていち早く、大阪と全国を汽船によって結ぶ定期航路が開設されます。
中段左端にあるように、大阪と鳥取県の境港(境・安来)を結ぶ航路も初期に開設され、萩浜崎に、一日おきに定期船が寄港するようになりました。
b0076096_1157325.jpg

汽船の寄港にともない、寄港地には、貨物や乗客の取次ぎを行う「荷客扱店」が設けられました。
萩浜崎港の場合は、当初は個人が、後に「萩汽船株式会社」が取次ぎを行いました。
萩浜崎、江崎、須佐、仙崎を初めとして、外国にまで及ぶ「荷客扱店」が印刷されており、張り巡らされた海運のネットワークに、明治日本の近代化の勢いを見ることができます。
b0076096_13112074.jpg

ところで、なぜ、弁天様(弁才天、弁財天)がポスターの図柄になっているのでしょうか?
弁天様(弁才天、弁財天)は、水辺に祀られることが多く、水神として船乗りや漁業者に信仰されてきました。
併せて、「財」をもたらす商いの神としても信仰されてきました。
その辺りに、商船会社ポスターの図柄に採用される理由があるようです。
b0076096_1335484.jpg

京阪神地域に出荷された萩特産の夏みかんに貼られたラベルです。
汽船で移出されたものについては、また、触れることにします。   ・・・ つづく ・・・ (清水)
[PR]
by hagihaku | 2012-12-25 13:53 | くらしのやかたより
<< コマーシャル100年 展で萩・... 企画展「コマーシャル100年 ... >>