萩博物館「コマーシャル100年 in 萩」展で萩再発見の6
おしらせです。
あさって1月12日(土)の14;00から、
今回の企画展の見どころをご紹介するギャラリートークを予定しています。
よろしければお運びください。

前回のブログでは、海産物を取り扱う問屋さんの引き札と、萩と水産業とのかかわりについて少しご紹介ました。
今回もその続きです。
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大阪うつぼの海産物問屋の引き札です。
大阪築港の真景とあり、明治30年(1897)から整備された築港の様子が描かれているようです。
桟橋や海に面した大型倉庫(蔵ではありません)、一文字に沖へと伸びる防波堤が見えます。
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桟橋に停泊するのは軍艦です。
大型の船舶が出入りできる港であることが分かります。
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沖に伸びる防波堤の向こう側には、航路を示す澪標(みおつくし)が見えます。
これが大阪市の市章に採用されるのは明治27年(1894)です。
防波堤の手前には、汽船に曳かれた船が描かれています。
これは、獲れた魚を活かしたまま市場へ運ぶ生き魚運搬船か、または動力を持たない荷船を、港に曳航する蒸気船を描いたものと考えられます。
西洋帆船の縦帆を採用した和洋折衷の船も描かれています。
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海岸には、大型倉庫、西洋風建築、明治36年(1903)に開業した路面電車、電線に電灯などが描かれています。
整備が進み、活況を呈する大阪築港の様子が伝わってきます。
ちなみに問屋が在った大阪うつぼは、この築港からさらに安治川をさかのぼります。
最盛期には塩干魚・鰹節・昆布・干鰯の問屋が数百軒も軒をつらねていたといわれます。
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大阪雑魚場の生魚問屋の引き札です。
雑魚場市場は大阪の魚関係市場の一つで、海の生き魚を主に取り扱っていたそうです。
引き札の縁取りはカタカナで「サコハ」とあります。
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澪標(みおつくし)の間を、市場に向けて進む汽船と曳航される生き魚運搬船と考えられます。
かつては、魚を活かした船が一艘ごとに、多数の櫓を押しながら(人力で!)魚を市場に運んだようです。
しかしこの引き札からは、蒸気船の利用により、遠くから高速で大量に活魚が市場にもたらされるようになったことが想像できます。
遠く見えるのは、明石から淡路島にかけてでしょうか。

いずれにしても、海産物や鮮魚が大消費地の京阪神に集まり、それらを扱う問屋・商店と萩地域の商家とが何がしかの関わりを持っていたことを、浜崎町商家旧蔵の引き札は物語ってくれます。

今回展示している引き札やポスターは、城下町萩が、夏みかん栽培や水産加工業などによって支えられ、海を介して「煙突を見ない」近代化を進めてきたことを思い起こさせる資料です。
美しく楽しい資料でもあります。
ぜひ、お楽しみ下さい。     ・・・ つづく ・・・  (清水)
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by hagihaku | 2013-01-10 10:17 | くらしのやかたより
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