萩博物館「コマーシャル100年 in 萩」展で萩再発見の13
本日、3月7日(木)の天気予報によると、萩の日中の予想最高気温は21℃まで上がるということでした。

2月があっという間に逃げてしまいました。
「コマーシャル100年 in 萩」展で萩再発見は、ほぼ一月ぶりの更新です。
この間、担当者は、とある国のとある町の「まちづくり・人づくり」の手伝いに行っておりました。
それについては、いずれ、このブログでご紹介します。

さて、新聞折り込みチラシご紹介のつづきです。
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花にさきがけ、花より美しく! 田町通りの呉服店による連合売出しのチラシです。
この当時、田町通りと直交する吉田町の通りを合せると10軒の呉服店があったようです。
着物を着る人が多かったということかと思います。
呉服とは、もともとは絹織物を意味します。
対して綿織物や麻織物は太物と呼ばれました。
それにしても、さすが城下町です。
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田町の通りには、他にもたくさんの商店が軒を並べていました。
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今も続く萩デーの売出し広告にも、多くの商店名が見えます。
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上の萩デーと同じ時季、市内浜崎町の商店連盟の暮れの売出し広告です。
協賛店を含め50店余の加盟店が認められます。
「まちじゅう」で活発な商いが営まれていたことが想像できます。
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角川政治さんが撮影された、1950年(昭和20年代半ば)頃の東田町の写真です。
萩は江戸時代の城下町を起源とする「まち」です。
ご紹介した折り込みチラシが配られた頃も、城下は人や物や情報が集まる所であり、周辺地域は城下の必需物資を供給する所であったようです。
互いが互いを必要とすることで、それぞれが誇りを持って豊かに生きることができたのではないかと思います。

※ 一昨日、わざわざ今回の企画展示をご覧になるために、遠方よりお出でいただいた方があったようです。
  大変ありがとうございます。
  大阪商船のポスターや折り込みチラシがパネルだったのが残念とのことでした。
  申し訳ありません。
  ポスター類は資料の状態があまり良くないためにパネルとしました。
  また折り込みチラシは、小さい資料の文字を拡大して年輩の方々にご覧いただきたいということと、
  できるだけ多くの資料をまとめてご紹介したいということからパネルとしました。
  情報の展示ということで、どうぞご海容下さい。

・・・ つづく ・・・   (清水)
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by hagihaku | 2013-03-07 15:13 | くらしのやかたより
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