二宮尊徳(二宮金次郎)の背負い梯子
12月8日(日)、12:00の気温は13℃、薄曇り、萩市は穏やかな天候です。

さて、先日、NPO萩まちじゅう博物館学芸サポート民具班の皆さんと、研修で平生町の民俗資料館に立ち寄った折のことです。
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二宮尊徳(二宮金次郎)像が移設されていました。
一見すると、どうも焼き物。
すかさず背中を確認します。
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注目は、薪を縛りつけた(載せた)背負い梯子です。
萩地域では「ニッコウ」とか「ニコ(荷子か?)」と呼ばれるものです。
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よくよく見ると、この背負い梯子の下端には、薪を載せる腕木(爪)があります。
荷物を載せる腕木(爪)のある背負い梯子は、朝鮮半島の背負い梯子の影響を受けたものとされます。
その分布は西日本に偏り、東日本ではほとんど見ることができません。

ところで、二宮尊徳(二宮金次郎)は相模国(現在の神奈川県小田原市)の人です。
(明治期から戦前にかけて、時の政府が、孝行,学問,勤勉,精励,節倹など,多くの徳を備えた人物として顕彰しました)

ということは東日本の人であり、西日本型の背負い梯子を背負っているというのは ??? なのです。
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さらに像を良く見てみると、背面基部に刻印がありました。
「○○縣和氣郡伊部窯元 興楽園」と読むことができました。

岡山県和気郡伊部(現在の備前市伊部地区)は、いわゆる備前焼の里です。
そうです、この二宮尊徳像は備前焼だったのです。

ということで、背負い梯子に腕木(爪)が有ることの理由が見えてきました。
多分、この二宮像を作った職人さんたちにとっては、背負い梯子というと、腕木(爪)の有る西日本型が一般的だったのです。

良い研修になりました。     (清水)
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by hagihaku | 2013-12-08 13:34 | くらしのやかたより
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