萩博物館企画展「ふるさとの島・ふるさとの山河」展、開催中!
3月11日(火)、萩市の今朝の気温は氷点下でした。
ふくらんできたアンズの花のつぼみが、心なしか身を縮めた朝でした。
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「ふるさとの島・ふるさとの山河」展が開幕し、早いものでもう2週間余。
ということは、会期は残すところ3週間余・・・スイマセン、企画展は少(!)好評開催中です。
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萩市の離島である六島や阿武川ダム水没地域に注目しつつ、誰もが持つふるさとを振り返る機会にしたい、そしてふるさとのこれからに思いを馳せる機会にしたいと企画しました。
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萩六島には、1970年代に島民が集団離島したことにより無人島となった羽島、尾島という島があります。
また、行政の統計上は2世帯が暮らしていることになっている櫃島という島があります。
「山河(やまかわ)」に接した所では、1975年完成のダム建設にともない、、204戸がふるさとを離れることになった地域(旧川上村、旧福栄村の9集落)があります。
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40~50年前、これらの「ふるさとの島」や「ふるさとの山河」には、互いが助け合う、勤勉で懸命な暮らしが確かに存在しました。
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1962年9月に撮影された、櫃島の全戸80余名勢揃いの写真です。
島民の皆さんの生き生きとした表情が印象的です。

遠くに防風林の松林が見える島の台の上は広大で、良く耕されています。
皆さんが立つのは取り入れが終わった葉タバコ畑で、背後には牛が草を食んでいます。
家族ごとに集まって写っていますが、こどもも多く、厳しいながらも張り合いのある暮らしが想像されます。

小中学生は、写真に納まるということからでしょうか、制服を着ています。
大島小中学校櫃島分校が廃止されるのは1965年のことです。
こどもたちは親元を離れて本土の学校寄宿舎に入り、本土の小中学校に通うことになりました。
そうして島にこども達の声が響かなくなりました。
また、この頃から若い人たちが島外で職に就くようになりました。
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現在櫃島に居住する人は無く、上の写真に中学生として写るYさんご夫婦が、本土から船で通って耕作を続けておられます。
広大な畑が、野にかえろうとしています。
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今回の企画展準備を通じ、ふるさとの記録と記憶をほんの一部ですが集積することができました。

そのまた一部をご紹介する展示は、4月5日(土)までです。
3月15日(土)14:00からはギャラリートークを予定しています。
よろしければお運び下さい。                            

 (清水)                
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by hagihaku | 2014-03-11 11:38 | くらしのやかたより
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