「ふるさとの島、ふるさとの山河」展開催中! ツバメは3月22日に確認!!
3月24日(月)、萩地域は朝方少し冷え込みましたが、日中は穏やかな良い天気となっています。

3月22日(土)昼過ぎ、自宅近くの電線で羽づくろいする3羽のツバメを見ました。
春到来です。
b0076096_14395869.jpg

お陰様で連休中は天候に恵まれ、たくさんの方が博物館にご来館下さいました。
企画展「ふるさとの島、ふるさとの山河」も残すところ2週間となりました。
b0076096_1440349.jpg

民俗学者の宮本常一さん撮影の萩六島写真に続き、萩市の写真家角川政治さん撮影の写真により、「ふるさとの島」を振り返ります。
b0076096_14405554.jpg

角川さんは新聞社のカメラマンを経て、萩市で写真館を経営しながら、地域の日常や人物、町なみなどを丹念に記録されました。
4万5千コマに及ぶネガが萩博物館に寄託されていますが、その中から、萩六島の羽島、相島、大島の写真を特定選択し、組み写真パネルとして展示しています。
b0076096_14413299.jpg

羽島は、萩六島の中では最も本土に近い島です。
1971年11月25日、全8戸44名が集団離島されたことで無人島となりました。
b0076096_14414924.jpg

葉タバコ耕作が盛んでしたが、若い人が島外で職に就くようになり、後継者難となったことが集団離島の理由とされます。
b0076096_14421942.jpg

b0076096_1442266.jpg

離島が近い1970年頃の撮影ですが、ヒジキの選別で大忙しの大人たちの傍らにこどもたちがいます。
b0076096_14432689.jpg

b0076096_14435262.jpg

「・・・ 一日中子供の声が島にみちていることで、親たちは生きる張り合いをおぼえていた。・・・親達はみな子供と共にあることで仕合せであり、未来へ夢を託することができるのである」
宮本常一さんは、著作『私の日本地図 萩付近』の中で述べています。
b0076096_1444135.jpg

集団離島に先立つ1965年、大島小中学校羽島分校が廃校になります。
こどもたちは親元を離れて本土の学校寄宿舎へ入寮し、そこから学校へ通うことになりました。
次第に島にこども達の声が響かなくなっていきました。

そのような「ふるさと」が、日本の各地に増えてきています。
どうすれば、そのような「ふるさと」を、引き継いでいくことができるのでしょうか。

・・・ つづく ・・・   (清水)   
[PR]
by hagihaku | 2014-03-24 14:48 | くらしのやかたより
<< 「当たり前」が「当たり前でない... ツバメ飛来? 春到来!! >>