海を拓いた萩の人々、7 ~ 近代捕鯨の先覚者・岡十郎 ~
近代日本において、捕鯨業とトロール漁業とは、総合的な産業として発展を遂げてきました。
漁業の近代化において、大きな役割を果たしたとされます。
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その捕鯨業を牽引したのが、萩市福井の岡十郎です。
岡十郎は、明治3年(1870)に現阿武町奈古の西村家に生まれます。
長じて明治24年(1891),福井下村(現萩市福井下)の酒造業岡家の養子となります。
慶応義塾に学び、学を修めて帰郷する際に、福澤諭吉より「郷里の長門国は韓海(朝鮮半島近海)と一衣帯水の地にあり、韓海の水産業振興が緊要であり有意義である」との示唆を受けたとされます。
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家業の酒造業を継いでいた岡ですが、明治30年(1897)には県会議員に当選、。
翌明治31年(1898)には、日韓通商規定により設立された山口県通漁組合の組合長に就任しています。
そして明治32年(1899)、三隅村(長門市)の山田桃作とともに、仙崎(長門市)を本拠に、汽船と捕鯨砲を用いるノルウェー式捕鯨法を導入した近代捕鯨会社「日本遠洋漁業株式会社」を創設しました。
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会社は明治32年7月に創設されます。
創設準備を進めていた同年4月、岡十郎は長崎において、ノルウェー式の捕鯨法に熟達したノルウェー人砲手をいち早く採用したとされます。
これまでそのことは文字記録として伝えられていましたが、今回の特別展準備の中で、それを具体的に証す資料を見出すことができました。
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ノルウェー人砲手ピーターソンとの契約が調った際に撮影された記念写真です。
後列、右から二人目が岡十郎で、この時、数え年31歳です。
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写真の裏面には、撮影の経緯が墨書されています。
それによると、岡は4月4日に長崎に赴き、交渉の後4月8日に契約を調えて記念の写真を撮影し、その後、汽船「台中丸(大阪商船汽船か)」で山口県へ帰ったことが分かります。
上野写真師写すとありますので、上野彦馬の写真館における撮影と考えられます。
近代捕鯨に取り組むダイナミックな動きが見えてきます。

共に写真に納まる吉村與三郎と須子亀松は、前に漁業先進地として紹介した鶴江の人物です。
両名は、記録によると明治初年から韓海において水産業に取り組んだ人物とされます。
なぜここで一緒に写真に納まっているのか、大変興味が持たれます。

ちなみに岡十郎は、ひと月後の5月にノルウェーへ渡り、捕鯨船や用具の調達を行っています。
近代捕鯨の先覚者は、行動の人でした。

・・・ つづく ・・・  (清水) 
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by hagihaku | 2015-02-19 09:27 | くらしのやかたより
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