海を拓いた萩の人々、8 ~ 韓海を拓いていった萩の人々 ~
以前、明治時代の一時期、全国のフカヒレ生産量の半分以上を山口県が占めていたことがあるとご紹介しました。
江戸時代から、鶴江、玉江の漁業者は韓海に出漁し、鱶延縄で鱶を漁獲して鱶鰭を生産していました。
江戸時代からの韓海出漁操業の記録が、第4回内国勧業博覧会の水産部門で最高賞を受賞したことにも触れました。
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岡十郎が創設にかかわった近代捕鯨会社「日本遠洋漁業株式会社」は、仙崎(現長門市)を本拠地としていました。
しかし操業の基地は、韓国のウルサン(蔚山)に置き、韓海において多数のクジラを捕獲しました。
岡十郎は、福澤諭吉の示唆に従い、韓海の水産資源に注目した活動を展開しました。
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日本に近代捕鯨が導入された頃の捕鯨船が描かれた奉納絵馬です。
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描かれているのは、岡が会社を興した後に、同じく仙崎で創設された「長門捕鯨株式会社」の捕鯨船です。
(なぜそれが分かるのか?この辺りについては、2011年6月1日の「萩博ブログ」をご参照ください)
ご注目いただきたいのは、右上方に記された奉納者の情報です。
「鶴江 藤山某」とあります。
鶴江の人が捕鯨船に乗り組み、そしてクジラの捕獲を感謝し、または捕獲を祈願して奉納した絵馬と考えられます。
この長門捕鯨株式会社は、対馬を基地に、やはり韓海で操業を行っていました。

いかがでしょうか。
前回ご紹介したノルウェー人砲手との契約を記念した写真にも、鶴江の吉村某氏、須子某氏が納まっていました。
岡十郎は、早くから鶴江の人々とのかかわりがあり、韓海の情報を得ていたと考えられます。
そして、韓海で操業する近代捕鯨の捕鯨船には、江戸時代から韓海に出漁し、韓海の海況に詳しい鶴江の出身者が乗り組んでいたのです。

韓海を拓いていった萩の人々が見えてきます。

・・・ つづく ・・・   (清水)
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by hagihaku | 2015-02-24 19:21 | くらしのやかたより
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