海を拓いた萩の人々、17 ~ 三見浦から壱州対州への羽魚網出漁の3 ~
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羽魚網漁の漁期は、9月から12月の初め頃まででした。
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操業は月のない風があるような夜間で(その方が網を悟られないとのこと)、汽船の行きかう対馬海況の只中に流し刺し網を流し、巨大なカジキマグロを漁獲しました。
網の位置を示す大きな灯樽と呼ばれる浮標(樽)を展示しています。
大規模な刺し網であったことが想像できます。
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大正15年(1926)の三見浦「改良丸」の魚勘定帳です。
9月から12月初旬までの、問屋の泉屋への水揚げと、その間に問屋から求めた食糧などの物資の代価が記されています。
これによると、改良丸においては、94本の各種羽魚(カジキマグロ)と少なくない数の鮫を漁獲していたことが分かります。
三見浦から20数隻が出漁していましたので、単純に計算すると、大正15年の漁期には、1000本!に及ぶ羽魚がこの海域で漁獲されていたことになります。
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漁獲されていた羽魚(カジキマグロ)が、いかに大きなものであったかを示す資料です。
三見浦の寺院に、豊漁感謝と祈願で奉納されていた奉納額です。
昭和11年(1936)に奉納されたものです。
「吻」と呼ばれるカジキマグロのクチバシ状の部分が、切り取られて板面に固定されています。
左から、白羽魚(シロカジキ?)370斤、ツン魚(メカジキ)580斤、赤羽魚(マカジキ)320斤の吻です。
580斤ですよ580斤! 吻の長さは1m!
1斤は600gですから、580斤=348㎏の巨大カジキマグロが漁獲されていたことが分かります。

三見浦では一時期、壱州対州だけでなく台湾近海まで出漁し、高雄や蘇澳の港を基地に羽魚網漁を操業、広く遠く海を拓いていきました。

・・・ つづく ・・・   (清水)
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by hagihaku | 2015-03-29 15:11 | くらしのやかたより
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