海を拓いた萩の人々、18 ~ 海の開拓者たち、萩市玉江浦のフカ漁 ~
4月11日(土)、折角の桜の花を打った雨がようやく上がりました。
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萩博物館特別展「海を拓いた萩の人々」展は、お陰様で盛況のうち4月5日(日)に会期を終えました。
会期中のご来場者数は、20,922人を数えました。
また、年間の萩博物館入館者数は、前年比107%の95482人となりました。
わざわざのお運び誠にありがとうございました。
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何かと公私ともに事が多かったため、会期中に展示のご紹介を終えることができませんでした。
申し訳ありません。
以下、展示ご紹介のつづきで、「海の開拓者・萩市玉江浦のフカ漁」についてです。
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昭和40年代、1970年頃まで用いられたフカを釣るための鱶延縄です。
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北海道大学水産学部水産科学館に保管されていた明治期の山口県鱶延縄漁具です。
いかがでしょうか。
幹縄のより方が異なっていましたが、構造としてはほとんど変わりません。
玉江浦では、明治期に先進漁具として全国に紹介された鱶延縄を、ずっと使い続けていました。
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玉江浦、鶴江浦からは、江戸時代より、フカヒレ(鱶鰭)生産を目的に、韓海へ鱶延縄漁で出漁を続けてきました。
巨済島、巨文島の近海が主漁場で、荒海を越えての出漁の中で漁船の改良が進みました。
その後、漁場は東シナ海へと広がっていきます。
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延縄の幹縄を製造するために用いられたカワカミソと呼ばれる川上地域で生産された苧麻(苧、右側)です。
細く裂いたカワカミソの繊維を紡いで糸にして、それを多数撚り合わせて太い糸・縄としました。
男たちが出漁中の女性の仕事でした。
その意味では、女性たちも「海を拓いた萩の人々」であり、「海の開拓者」です。
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昭和40年代、1970年頃まで行われた鱶延縄漁ですが、今回、玉江浦のお父さんたちから興味深いお話を伺うことができました。
東シナ海に出漁していたころ(70歳代のお父さんが若いころ)のことです。

中国大陸に近づくと「べっぴんさん」と呼ばれる白いアマダイが良く釣れていたので、鱶延縄漁の前にそれを釣り、ぶつ切りにして餌として用いていたそうです。
「血が出るもんなら何でもエエんじゃぁ」とのことでした。

アマダイですよ、アマダイ!
高級魚アマダイが、当時は鱶を釣るための餌だったのです!
それだけ鱶(フカヒレ)が高値で取引されたということなのかもしれません。

驚きました。

・・・ つづく ・・・   (つづく)
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by hagihaku | 2015-04-11 15:17 | くらしのやかたより
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