夏みかん物語の9
「アンノン族」って何? 「ディスカバージャパン」って何? ・・・・の巻

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「ディスカバージャパン」のキャンペーンは、1970年の大阪万国博覧会の後に始まりました。
国鉄では、万博を訪れる人たちの旅行需要に向けて、旅客輸送の仕組みを整備しました。
それを活用し、更なる旅行需要を呼び起こすのがD.J.キャンペーンでした。

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個人各様の旅を勧めるキャンペーンのコンセプトを良く表したポスターです。
「雨ってよわむし、いつもグループ旅行です」・・・と雨(=団体旅行者)を見つめるのは、一人旅の若い女性です。
そして、その女性がたたずむのは、どこかの旧いまち(城下町)の古い土塀の前。
(実は、萩で撮影されたものです)
「美しい日本と私」を発見することができるのが、萩のようなまちと考えられたようです。

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1970年代に、相次いで女性情報誌が創刊されました。
とりわけ、「アンアン」(1970年)と「ノンノ」(1971年)は多くの読者を獲得しました。
それらの雑誌では、しばしば、旅を特集しました。
「アンアン」、「ノンノ」などの読者層である「アンノン族」と呼ばれる若い女性たちが、全国各地へと旅するようになり、それが一つの社会現象となりました。

(「ノンノ」の雑誌名は、編集者の名前「徳子」にちなむということを、展示室で英語によるガイドや来館者の皆さんと交流をしていただいているご親戚のKさんより伺いました)

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皆さん良くご存知と思いますが、小柳ルミ子さんのデビュー曲「わたしの城下町」です。
1971年の発売です。
歌詞は、金沢をイメージして作られたとされています。
しかし、歌詞の舞台は、萩をはじめとした全国の城下町や伝統的なまちに置き換えることができます。
この時期、「小京都」と呼ばれるようなまちが注目を集めました。

(ちなみに、現在、小京都と呼ばれるまちは全国に約50、萩も津和野などとともに山陰の小京都と呼ばれることがあります。個人的には、萩は萩なのに・・・・と思いますが。)

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1970年代の女性情報誌の記事の一部を、ファイルやパネルでご覧いただけます。
「一人で行けば、旅も、こんなに良いことがある・・・」
「予定をたてない、予約をしない、なるべく迷子になるよう心がけよう・・・」
と訪れた人を、萩ではどのように「おもてなし」したのでしょうか。

1975年、阿武川の上流に県営阿武川ダムが竣工します。
三角州内の水害発生の憂いが少なくなります。
夏みかん畑や農地が宅地として開発され始めます。

ということで、夏みかん物語は続く ・・・・・     (清水)
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by hagihaku | 2008-06-21 13:00 | くらしのやかたより
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