<   2010年 04月 ( 17 )   > この月の画像一覧
あの「使者」が今度は菊ヶ浜に!!!
昨日4/29の夕方のこと。
植村庶務係長から私(堀)へ、緊急電話が入りました! 菊ヶ浜にすぐに来てほしいとのことなのです。

菊ヶ浜といえば、萩市民や観光客に親しまれ、「日本の夕陽百選」にも選ばれている、名実共に萩の代表的なビーチ。そんな菊ヶ浜で何が起こったというのでしょう?

b0076096_135222100.jpg私は菊ヶ浜に急ぎました。

夕方近くのまぶしい日差しを盛る菊ヶ浜。正面に、萩城のある指月山が見えています。

ん?手前の波打ち際に、長いカーブをえがいた物体が横たわっていますが・・・。
b0076096_14144922.jpg
菊ヶ浜の東端で、植村係長たちが指さしたのは・・・

これ。長さ4m10cmもある、異形の巨大な物体。

この日、休日当番で出勤していた植村係長が情報をキャッチして回収して館に持ち帰ろうとはしたものの、あまりにも巨大で持ちきれず、この類の担当(!?)の私に連絡が入ったのでした。

この細長い物体の正体は!?????
b0076096_14161084.jpg
・・・一夜明けて、本日4/30の午前中。

昨夕菊ヶ浜で回収した巨大な物体を洗う、樋口副館長、植村係長、そして私。

この写真を見たら、みなさん、もう何となくお分かりですよね?

b0076096_14165449.jpg
そう、昨年末から春にかけテレビや新聞などで報道されて話題になった、まぼろしの魚「竜宮の使い(リュウグウノツカイ)」

昨日、剣道の試合で萩を訪れていた中学生の田中俊樹さん(山口市在住)が、父の清史さんと菊ヶ浜に立ち寄った際、波打ち際にこれが漂着しているのを発見。

波によって砂浜に打ちあげられていましたが、まだ鰓(えら)が動いて生きていたとのこと。

直後に清史さんが萩市内の知人に連絡し、知人経由で萩博物館に入電。そこで当館のスタッフが現場に出向いて回収したというわけです。

■データ
発見地: 萩市 菊ヶ浜 (萩商港のすぐ西側)
発見日時: 平成22年4月29日 16:30ごろ
発見者: 田中俊樹さん
大きさ: 全長410m・体高30cm
リュウグウノツカイは、滅多に見られない「まぼろしの珍魚」ですが、昨年末~現在にかけ日本列島の日本海側に多発し、天変地異の予兆ではないかとも噂されていますが、その関連性は不明です。

今期の萩近海でも1月29日(長門市青海島大日比:体長393cm)、4月1日(萩市江崎:体長400cm)に続き、今回で3件目と短期間に連続しています。

なぜリュウグウノツカイがこんなに続々と出現するのか・・・その要因はまだなぞに包まれたままです。

(堀)

[PR]
by hagihaku | 2010-04-30 14:12 | いきもの研究室より
萩の海の水面下で・・・
b0076096_18203460.jpg
春まっさかり!まぶしい日差しを浴びる萩の海。

海辺も磯遊びの家族連れなどでにぎわうようになってきましたが、水面下でも何やら大きな動きが・・・。

日ごろから長門市青海島や萩市相島などに潜り、萩博物館にさまざまな情報を提供してくださる山口市のダイビングサービスシーアゲインの方から、水中写真が続々と送信されてきました。 


その水中写真に写っていたのは!!!・・・

・ヌラヌラと妖しく泳ぐ、象のような顔の透明生物

・透明なカプセルからヒレをなびかせて泳ぎ回る怪生物

・ロボットのような足でシャカシャカ泳ぐ、エイリアンのような生物

・どこかで見たことのある、「流氷の天使」そっくりの生物


・・・などなど、水中をただよって暮らす「浮遊生物(プランクトン)」の個性豊かな精鋭メンバーたち。

ひとつひとつ紹介したいところですが、それは本家本元のシーアゲインさんのブログをご覧いただきましょう。
http://dijisanpo.blog.ocn.ne.jp/seaagain/

毎年この時期は、だんだんと対馬暖流の勢力が強くなってくるせいか、不思議な浮遊生物や深海魚たちが続々と登場します。

彼らが現われはじめると・・・萩の海にもいよいよ本格的な春の到来です。

(堀)

[PR]
by hagihaku | 2010-04-27 18:26 | いきもの研究室より
猿舞座・猿まわし公演
浜崎の住之江保育園で、猿舞座・猿まわし公演がありました。
猿まわしは、猿によって厄災を祓う(去らせる)という歴史のある芸能です。
b0076096_18234793.jpg

萩と大変深いかかわりがある芸能なのですが、そんな歴史は置いといて・・・
保育園児にとっては、何よりも先ずは、「お猿さんに逢いた~い」・・・ですね。
b0076096_18253748.jpg

お猿さん登場の前に、大道芸が披露されました。
食い入るように注目するこどもたち、観る人と演じる人との距離が一気に近くなります。
さすが!です。
b0076096_184317100.jpg

キラキラした目が印象的でした。
(自分にも、こんな時期があったのかな~)
b0076096_1845207.jpg

お猿さん登場、名前は夏水くん、5歳。
口上を述べる猿舞座の若頭、その後ろでソッポを向くお猿さん。
素なのか演技なのか、この加減、この間(ま)が何とも可笑しいのです。
b0076096_1849358.jpg

「さ~二本足で歩こう!」
手を引かれても足はダラリと脱力、やる気ナシ!(の演技か?だとすれば、相当の役者じゃ)
同じような経験をお持ちのお母さんたち、大受けでした。
b0076096_1857431.jpg

「さ~、今度は輪を潜ろう!」
徐々に難易度が上がり、最後は人の背丈よりも高く跳ね、垂直に二つの輪を潜る大技「鯉の瀧のぼり」・・・なのですが、「頼むよ~潜ってよ~」と気をもたせ、時に「人をまわす」お猿さんでした。
b0076096_1983793.jpg

最後は、ホントに猿まわし。
厄災が去ることを祈願して、無病息災・家内安全・商売繁盛を祈念して。
グルグルと回るお猿さんは、安心して身を任せていました。
(そ~いや~、同じよ~なこと、したことありません?)
b0076096_19172289.jpg

和やかな公演が終わり、次の会場へと移動です。
「またね~」「またね~」と園児たち、そうです「さようなら」ではないのです。

明日24日(土)で萩地域の公演は終え、九州熊本へ移動とのこと。
明日は、10:30から萩市北古萩の海潮寺(保福寺)、
14:00から須佐弥富の全柳寺で披露されるそうです。   (清水)
[PR]
by hagihaku | 2010-04-23 19:37 | くらしのやかたより
夏期特別展「2010年UMAとの遭遇」に向け準備中
夏期特別展「2010年UMAとの遭遇」に向け準備中

先日、NPO萩まちじゅう博物館の学芸サポート班陸生チームの皆さんが何やら作業をされていました。
b0076096_14283652.jpg

見ていると気の遠くなるような細かい手作業です。
いったい何を作っているのでしょうか。
b0076096_14292844.jpg


おやおや、駕籠や旅箱、毛槍のような物ができています。
大名行列に使われた道具のようですね。
b0076096_14301638.jpg


これらは、7月3日(土)から始まる特別展「2010年UMAとの遭遇─知られざるミステリーアニマルの世界─」で、ある生き物による華やかな大名行列の再現に使われます。お楽しみに!
(未確認生物MH₂N)
[PR]
by hagihaku | 2010-04-23 14:31 | いきもの研究室より
天体情報その4
天体情報 その4

 博物館では、毎週土曜日に天体観望会をおこなっています。
 昼は太陽の観望(1時から4時30分)。夜は星の観望(7時半から9時)。

先週の土曜日(4月17日)は、昼・夜とも晴れ渡った空でした。

太陽は少し活動が弱まったのか、黒点は観察できず、プロミネンスも小さくなっていました(左下がプロミネンス、大きくするには写真をクリックしてください)。
b0076096_13372567.jpg

b0076096_13381484.jpg

夜は土星、金星はもちろん、東の空からは北斗七星、それに連なる春の大曲線の星たちをはっきりと確認できました。

南西の空には、かに座のプレセペ星団とならぶ火星が赤く輝いていました。
b0076096_1339391.jpg

東の空には、相変わらず土星を観望できます。初めて土星を望遠鏡で覗かれた方は、皆さん感激されます。そう言えば、宇宙飛行士の山崎直子さんは初めて土星を天体望遠鏡で見て、宇宙に興味をもったと言われていました。
b0076096_13395227.jpg

西の空には、三日月が昇っていましたが、地球から反射した太陽の光が、月の暗い部分を薄暗く照らす地球照の現象が見られました。とても幻想的でした。写真の月の右側は、すばる(プレアデス星団)。
b0076096_13403042.jpg

 星空を見渡すと、人はどこから来てどこへ行くのか、いつもそんな感慨に浸ります。皆さんも星空をながめて、果てしない宇宙を感じてください。
(小惑星NH)
[PR]
by hagihaku | 2010-04-23 13:43 | 天体観測室より
バルタン星人そっくりの虫
里山では春の陽気に草木の新芽が伸び、これを目当てにハムシやゾウムシが集まるので、それを目当てに私が出かけます。
というわけで先週の休日、木間へ行ってきました。

山道の脇にカンスゲの群落があったので、もしやと思いビーティング(白い布を敷いて、草木を棒で叩いて虫を布の上に落とすこと)してみると・・・
やはりいました。


b0076096_153776.jpgb0076096_1535159.jpg
左: ヤスマツケシタマムシ  右 :バルタン星人


「ウルトラマン」に出てくるバルタン星人です。
私は、この虫をこのように呼んでいます。
バルタン星人は、セミがモデルのようですが頭の形はこちらの方が似ていると思いませんか。

b0076096_1554216.jpg実はこれでもタマムシの仲間で、
ヤスマツケシタマムシといいます。
吸盤のある脚と触角は、確かにタマムシそのものです。
体長は3~4mm程度と小さく、目立たない昆虫ですが、拡大して見ると面白い顔をしています。

山口県では、準絶滅危惧種になっていて、錦町や鹿野町などの標高の高い山でしか記録がなく、今回のように標高の低い場所では珍しいと思われます。
もっとも、標高の高いところにいるという先入観で、今まで探さなかったというのが正直なところです。

(椋木)

[PR]
by hagihaku | 2010-04-20 15:03 | いきもの研究室より
討幕エネルギーの系譜
(2010/4/16 オープニングセレモニー配布資料)
 萩博物館特別学芸員 一坂太郎

 歴史系の展示は、ストーリーが大切だと考えている。今回の「討幕エネルギーの系譜」では、吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、木戸孝允という4人の「主役」たちが、それぞれ「討幕」というバトンを受け継いでゆくという流れを見て頂きたい。途中には松陰が獄中から友人に金銭を差し入れてくれるよう催促したり、玄瑞が坂本龍馬を扇動したり、孝允が討幕を芝居に例えたりといった、印象的なエピソードも挿入する。
 「討幕」という用語も近年研究が進み、さまざまな解釈が生まれているが、展示ではそこまで突っ込めなかった。理由は単に実力不足なのだが、幕府という政権を倒すことが、日本再生に不可欠だという思いを「討幕エネルギー」という造語に集約させた。
 では、その原点はどこにあったのか。映画で言うトップシーンに注目いただきたい。最初のハイケースに並ぶ、「親王塚」「親王寺」の写真パネルである。いずれも兵庫県芦屋市の史跡だ。
 芦屋市は北に六甲山、南に大阪湾を臨む、阪神間の閑静な住宅街として知られる。その一角、翠(みどり)ケ丘町にある古墳(円墳)は親王塚と呼ばれ、「芦屋十景」の一つに選ばれるなど、市民からも親しまれている。
 ここに眠るとされる阿保(あぼ)親王(792-842)は、萩(長州)藩主毛利家の遠い先祖だ。平城(へいぜい)天皇の第一皇子だった阿保親王は薬子の変に連座して大宰府に流されたり、承和の変の密告者となるなど波乱に満ちた生涯を送る。そして没後は愛してやまなかった芦屋の地に埋葬され、屋敷跡には親王寺が建立された。
 親王の御落胤である大江音人(おとんど)は、学者として朝廷に仕える。その子孫の大江広元は源頼朝に招かれ、法律知識をもって鎌倉幕府の基礎づくりに貢献した。広元の四男が領地のひとつ毛利荘(現在の神奈川県厚木市)にちなみ毛利季光(すえみつ)と称す。彼が毛利家の初代だ。毛利家の紋は一文字三星(いちもんじさんせい)(一に三ツ星)だが、これは親王が「一品(いっぽん)」の称号を得ていたことにちなむ。
 のち、毛利家は安芸国に移り、戦国時代には毛利元就のもと中国地方のほとんどを支配下に置いた。そして関ヶ原合戦で敗れて以降は周防・長門(防長)に封じ込められ、萩藩主となる。
 こうした歴史を持つ毛利家は、大名ではあるが、武家伝奏(でんそう)を通じずに皇室と接触出来るという特権を黙認された。毛利家は元禄4年(1691)、阿保親王の850回忌には、親王塚周囲を改修するなど皇室との繋がりをアピールしている。
 萩藩主は参勤の途中、芦屋を通過するさいは使者を立てて親王塚に参らせ、自らは親王寺で休息したとの話も残る。吉田松陰も江戸遊学に向かう途中、親王塚に立ち寄ったと日記に記す。
 主家が皇室と縁続きであることを、萩藩士は誇りとした。その誇りが幕末に起こる数々の騒動の根底にあると私は見ている。将軍が日本を統治するのは誤りで、日本は天皇一人のものだとの解釈が生まれ、一文字三星紋の旗を翻(ひるがえ)した毛利軍は「朝敵」から一転して「官軍」となり、討幕を実現させる。外圧に対する危機感から、天皇を核として日本を再生させようと考えた松陰。その志を継ぎ、京都を足場に幕府を追い詰めていく玄瑞。二人の師友が灯した討幕エネルギーの炎が消えかかったとき、晋作が決起して、孝允が近代国家建設へと結び付けてゆく。その間の過程は展示で見ていただきたい。
 さて、ラストシーンだ。何を持ってくるかによって、ずいぶんと印象が異なる。「官軍」となったことを象徴する菊章旗にするか。いや、それではただのお国自慢で終わってしまう。迷ったあげく、白井小助という「脇役」の詩書を最後に置くことにした。
 萩に生まれた白井は、早くから松陰の盟友でもあった。松陰のアメリカ密航未遂事件にも関係し、晋作・玄瑞・孝允らと共に討幕エネルギーをもって新時代を築き上げた。しかし戊辰戦争に「官軍」の参謀として参加して凱旋後は、なぜか名利を嫌って山口県の熊毛郡平生(ひらお)に引っ込む。そして塾を開き、後進の指導にあたった。たまに東京に出ては、政治家や軍人として栄達を遂げたかつての同志に嫌みを言うのを楽しみにしていたとの逸話が残る。
 ここに展示する白井の漢詩が面白いのは、権力の象徴「駟馬(しば)(四頭立ての馬車)」が、自分に追いつくのが難しいと言っていることだ。自分が「駟馬」に追いつくのが難しい、と言うのではない。すごい自信、誇りだと思う。そういう生き方が、討幕エネルギーの系譜の上に存在したことを知ってもらいたい。そして、一抹の後味悪さと、一抹の爽やかさを感じて会場を後にしてもらえれば幸いである。
[PR]
by hagihaku | 2010-04-18 16:50 | 展示のご案内
「討幕エネルギーの系譜」展オープニング
b0076096_16463936.jpg
本日午後3時より、標記企画展のオープニングセレモニー、および内覧会が執り行われました。

混迷する幕末動乱の時代、長州の若者たちは「討幕」という時代の変革にどうかかわったのでしょうか。本展覧会は、「討幕」のエネルギーがどう生み出され、受け継がれていったかを、四人の人物の視線から追う展示構成となっております。

その四人とは、吉田松陰・久坂玄瑞・高杉晋作・木戸孝允(桂小五郎)というよく知られた人物です。

しかしながら、吉田松陰と坂本龍馬との意外なつながりが示されるなど、一坂特別学芸員ならではの味付けがよく効いた展示となっております。

本展は明日から一般公開となります。

会期など詳細は、当館の公式ホームページをご覧のうえ、ぜひ多くの皆様にご高覧賜りますようお願い申し上げます。

[PR]
by hagihaku | 2010-04-16 16:47 | 展示のご案内
城下町は迷宮
萩市江向、萩三角州のおヘソ近く。
朝、通勤の途中。
b0076096_931512.jpg

生垣に柔らかな緑が増えています。
b0076096_954362.jpg

直交する街路・四つ角は城下の特徴です。
さて、直進?右折?左折? 今日はどちらに進みましょうか。
b0076096_98971.jpg

右に曲がると藍場川に沿った道。
萩博物館までは、少し遠回りです。
b0076096_993459.jpg

左に曲がると、生垣や板塀が続く、かつての武家屋敷地です。
四つ角を境に、「まち」の様子が変わります。
b0076096_912211.jpg

まっすぐ進んで振り返ると・・・人通りもなく・・・・
静かな城下町です。
b0076096_9154085.jpg

先ほど通った四つ角の所で、直角に流れを北へ変えた藍場川は、再び西へと流れて行きます。
b0076096_9174670.jpg

さて、次の四つ角です。
どちらに歩みを進めましょうか。
城下町は迷宮です。    (清水)
[PR]
by hagihaku | 2010-04-15 09:20 | くらしのやかたより
ある日の海洋調査
萩博物館では、萩近海の環境変化を生物の面から捉えていこう~という調査研究をおこなっています。
それに関連して、NPO萩まちじゅう博物館学芸サポート海洋班のみなさんが定期的に近くの海岸に打ち上げられる貝殻の採集を担当しておられます。

年度が変わってしまいましたが、昨年度3月上旬に海洋班のみなさんが萩市の北東部の海岸に調査に行った際、私(堀)も少し同行したのでちょっとだけご紹介。

b0076096_10314188.jpg← こんなふうに、浜辺の波打ち際に小石にまじって貝殻がずらりと打ちあがっているところに座り・・・
まるでリスがドングリを集めるように(!?)、せっせと貝殻を集めていくのです。

すると時折、「あああ~っ!すごい~っ!」とどこからか歓声があがります。

b0076096_10322489.jpg「むむっ!?だれかが珍しい貝を見つけたのかな?」と思って声の方に行ってみると・・・

← ピンクの地に七色のデコレーションが施された、殻高7mmばかりの微小貝。チグサガイ(千種貝)です。
珍しい貝ではありませんが、長いこと「研究!研究!」・・・と目を血走らせているうちに忘れてしまった、貝の美しさを愛でる純粋な気持ちをこうして海洋班のみなさんがふっと取り戻させてくれます。
b0076096_1033675.jpg← こちらは、この調査でターゲットの一つとなっている、熱帯の海が出身の貝・マガキガイ(殻高2~3cm)。

この貝は、私が子どものころは一年中がんばって近くの海岸に通っても年に2~3個もゲットできるかわからない、「珍種」でした。
ところが萩近海の水温が高くなってきたせいか、2000年をすぎたころから増え、今では大小さまざまな貝殻(ときには生きたものも)が、海岸に行くたびに拾えるようになりました。

このように、時と環境の移り変わりにともなって増えたり減ったりしていく貝たちを採集し、数を集計して研究などに役立てていこうというわけです。

・・・今日の話題はここまで。最後にオマケとして、ある日の調査シーン「番外編」を2つ。

b0076096_10335670.jpgb0076096_10344539.jpg
左: 車の車輪が泥にはまった!よし、みんなで力を合わせて引っぱるゾ!!
・・・ではありません。貝採集の隠れた「名所」にたどりつくため、ロープを伝って坂を下る海洋班員&椋木専門員の勇姿。

右: せっかく調査に同行したというのに、乾燥したヒトデを眼鏡にぶら下げられ、いじられる椋木専門員。

(堀)

[PR]
by hagihaku | 2010-04-13 10:31 | いきもの研究室より