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討幕エネルギーの系譜
(2010/4/16 オープニングセレモニー配布資料)
 萩博物館特別学芸員 一坂太郎

 歴史系の展示は、ストーリーが大切だと考えている。今回の「討幕エネルギーの系譜」では、吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、木戸孝允という4人の「主役」たちが、それぞれ「討幕」というバトンを受け継いでゆくという流れを見て頂きたい。途中には松陰が獄中から友人に金銭を差し入れてくれるよう催促したり、玄瑞が坂本龍馬を扇動したり、孝允が討幕を芝居に例えたりといった、印象的なエピソードも挿入する。
 「討幕」という用語も近年研究が進み、さまざまな解釈が生まれているが、展示ではそこまで突っ込めなかった。理由は単に実力不足なのだが、幕府という政権を倒すことが、日本再生に不可欠だという思いを「討幕エネルギー」という造語に集約させた。
 では、その原点はどこにあったのか。映画で言うトップシーンに注目いただきたい。最初のハイケースに並ぶ、「親王塚」「親王寺」の写真パネルである。いずれも兵庫県芦屋市の史跡だ。
 芦屋市は北に六甲山、南に大阪湾を臨む、阪神間の閑静な住宅街として知られる。その一角、翠(みどり)ケ丘町にある古墳(円墳)は親王塚と呼ばれ、「芦屋十景」の一つに選ばれるなど、市民からも親しまれている。
 ここに眠るとされる阿保(あぼ)親王(792-842)は、萩(長州)藩主毛利家の遠い先祖だ。平城(へいぜい)天皇の第一皇子だった阿保親王は薬子の変に連座して大宰府に流されたり、承和の変の密告者となるなど波乱に満ちた生涯を送る。そして没後は愛してやまなかった芦屋の地に埋葬され、屋敷跡には親王寺が建立された。
 親王の御落胤である大江音人(おとんど)は、学者として朝廷に仕える。その子孫の大江広元は源頼朝に招かれ、法律知識をもって鎌倉幕府の基礎づくりに貢献した。広元の四男が領地のひとつ毛利荘(現在の神奈川県厚木市)にちなみ毛利季光(すえみつ)と称す。彼が毛利家の初代だ。毛利家の紋は一文字三星(いちもんじさんせい)(一に三ツ星)だが、これは親王が「一品(いっぽん)」の称号を得ていたことにちなむ。
 のち、毛利家は安芸国に移り、戦国時代には毛利元就のもと中国地方のほとんどを支配下に置いた。そして関ヶ原合戦で敗れて以降は周防・長門(防長)に封じ込められ、萩藩主となる。
 こうした歴史を持つ毛利家は、大名ではあるが、武家伝奏(でんそう)を通じずに皇室と接触出来るという特権を黙認された。毛利家は元禄4年(1691)、阿保親王の850回忌には、親王塚周囲を改修するなど皇室との繋がりをアピールしている。
 萩藩主は参勤の途中、芦屋を通過するさいは使者を立てて親王塚に参らせ、自らは親王寺で休息したとの話も残る。吉田松陰も江戸遊学に向かう途中、親王塚に立ち寄ったと日記に記す。
 主家が皇室と縁続きであることを、萩藩士は誇りとした。その誇りが幕末に起こる数々の騒動の根底にあると私は見ている。将軍が日本を統治するのは誤りで、日本は天皇一人のものだとの解釈が生まれ、一文字三星紋の旗を翻(ひるがえ)した毛利軍は「朝敵」から一転して「官軍」となり、討幕を実現させる。外圧に対する危機感から、天皇を核として日本を再生させようと考えた松陰。その志を継ぎ、京都を足場に幕府を追い詰めていく玄瑞。二人の師友が灯した討幕エネルギーの炎が消えかかったとき、晋作が決起して、孝允が近代国家建設へと結び付けてゆく。その間の過程は展示で見ていただきたい。
 さて、ラストシーンだ。何を持ってくるかによって、ずいぶんと印象が異なる。「官軍」となったことを象徴する菊章旗にするか。いや、それではただのお国自慢で終わってしまう。迷ったあげく、白井小助という「脇役」の詩書を最後に置くことにした。
 萩に生まれた白井は、早くから松陰の盟友でもあった。松陰のアメリカ密航未遂事件にも関係し、晋作・玄瑞・孝允らと共に討幕エネルギーをもって新時代を築き上げた。しかし戊辰戦争に「官軍」の参謀として参加して凱旋後は、なぜか名利を嫌って山口県の熊毛郡平生(ひらお)に引っ込む。そして塾を開き、後進の指導にあたった。たまに東京に出ては、政治家や軍人として栄達を遂げたかつての同志に嫌みを言うのを楽しみにしていたとの逸話が残る。
 ここに展示する白井の漢詩が面白いのは、権力の象徴「駟馬(しば)(四頭立ての馬車)」が、自分に追いつくのが難しいと言っていることだ。自分が「駟馬」に追いつくのが難しい、と言うのではない。すごい自信、誇りだと思う。そういう生き方が、討幕エネルギーの系譜の上に存在したことを知ってもらいたい。そして、一抹の後味悪さと、一抹の爽やかさを感じて会場を後にしてもらえれば幸いである。
by hagihaku | 2010-04-18 16:50 | 展示のご案内
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